応仁2年(1468)実如上人に(光養丸)に譲状を書く。 右くだんの住持職は、去ぬる文正(1466年)のころ、にわかに光助律師に申しつけ、 既に譲り状これを与えおわんぬ、然りといえどもその身競望なきよし申す間、 重ねて光養丸に譲与する所実正なり、ただし法流について沙汰なきの子細これ在らば、 兄弟中においてその器用を守り住持すべき者なり、次いで兄弟大勢たるの間、 等閑なく扶持あるべき者なり、もしこの条々その旨に相背かば、永く不孝たるべき者なり、 よって譲り状くだんの如し 応仁2年戊子3月28日 (1468年) 蓮如 (花押) (『空善聞書』) 大谷本願寺御影堂の御留守職の事 右くだんの御留守職は、代々の例に任せ、早く管領すべき者なり、ただし法義に就いて 非儀の子細これ在らば、兄弟中に於いて器用を守り住持すべき者なり、 次いで男女・少児の兄弟これ多し、愚老存生の時の如く、相替わらず扶持すべき者なり、 もしこれらの旨に相背かば、永く不孝たるべき者なり、よって譲り状くだんの如し 延徳2年10月28日 (1490年) 兼寿(花押) (「東寺過去帳」) |