兵部卿宮(守邦親王)安堵令旨案(元弘2年・1332) 本願寺ならびに久遠寺、御祈祷所たるべきよしの事、 先度すでに仰せ下されおわんぬ。したがってすなわち親鸞聖人影堂敷地、門弟等の進止、 ならびにかの留守職の事、 証文の道理に任せ、管領を全うせしめ給うべし。 宮将軍の令旨によって、執達くだんの如し。 元弘2年6月16日 左少将 判 謹上 中納言法印房(覚如上人) 東山大谷本願寺、代々の例に任せ、勅願寺として、よろしく長日の勤行をいたし、 四海の安全を祈り奉るべし。天気かくの如し。よって執達くだんの如し。 永正13年2月26日 右中将 判 夕かた雷なり雨ふる。二宮の御方御申す。本願寺、香衣の勅裁、昨日なされし御礼に、 知恩院つれて祇候。御香筥、小高檀紙まいる。 光兼法印(実如上人)永正18年3月、主上(後柏原院)御即位の料足、これを調進す。 賞として紅衣を賜る。明応9年践祚の後、無足なるによって20ヶ年余り御延引か。 永正11年3月30日、後柏原天皇の第三皇子が青蓮院で得度の時、 本願寺から二千疋(20貫)進上して香袈裟の着用を許される。 永正15年3月、後柏原天皇の皇子尊鎮親王が授戒したとき、本願寺から一万疋進上して 紫袈裟の着用を許される。 善如上人、綽如上人、両御代の事、前住上人(実如)仰られ候。両御代は威儀を本に御沙汰候し由、 仰られ候。然ば今に御影に御入候由仰られ候、黄袈裟、黄衣にて候。 然ば前々住上人(蓮如)御時、あまた御流にそむき候本尊以下、 御風呂のたびごとにやかせられ候。 この二幅の御影もやかせらるべきにて、御取出候つるが、いかがと思召候つるやらん、 表紙に書付を、よしわろしと、あそばされて、とりおかせられ候。 衣の色は、うす墨にて、加古の教信の意巧を本と御まなびにて候と也。 親鸞聖人の仰にて蓮如上人の御時、実如上人の御時までも、うす墨にて侍りし、 近代は末々の人まで黒衣になり候。 A、蓮如上人仰に、衣は墨黒にすること、しかあるべからず。衣はねずみ色なり。 凡夫にて在家の一宗興行なれば、いずくまでも、うえした、とうとげせぬなり。 B、知恩院の法然上人の御影、黄衣を着用するを、 蓮如上人の意見にて、 すみぞめの衣に改める。文明19年(1487)頃。 浄土宗の開祖 諡号(しごう:おくりな)円光大師等 (1133年〜1212年) 虫干会(むしぼしえ) 今年は8月8日に開催 安楽寺 寺子屋共催 講師 松永住美先生 「美馬の埋蔵文化財について」 |