仏教入門 おしえて千葉先生 対談 第4回
-
本願寺史研究の第一人者に聞く
「あぁ〜不条理! これってどう考えるの?」
-
人生は正しいこと
でも、順調にいかないこ
とが多いですよね。人に
話すと愚痴っぽいと言
われて…。ほんと情けな
い。世の中、道理に合わない
不条理ばかりですよ。
-
-
そう、人生は
死ぬまで思い通りになら
ない不条理の連続です。
親鸞聖人もその中を生き
抜かれたのです。
-
-
そうなんですか?
-
-
平安時代の貴
族がみんな、生活を保障
されていたわけではあり
ません。親鸞聖人は、貴
族出身ではありました
が、実家によからぬこと
があって9歳で出家しな
ければならなかったよう
です。当時、この世を儚
んで自ら出家する方もい
ました。『方丈記』を書
いた鴨長明は、京都の下
鴨神社の神官でしたが、
小さな庵に『往生要集』
を携えて出家の道を選び
ました。しかし、親鸞聖
人は、自らが望んだので
はなく、家の事情で仕方
なく出家されたのです。
-
-
親鸞聖人は、あの
時代の貴族として生まれ
たので、優雅な安定した
人生かと思いきや、没落
→出家。親鸞聖人はどう
思われたのですか?
-
-
やはりご自身
は「なぜ、出家しないと
いけないのか」と、しば
らくはそう思われ、失望
されたでしょうね。
-
-
辛かったでしょう
ね。その後の聖人は?
-
-
不安な気持ち
を克服するため、比叡山
で20年間もの長い辛い修
行をされました。
-
-
その修行で不条理
を乗り越える「悟り」を
獲られたのですか?
-
-
いいえ、比叡
山で身命を削って悟りを
求めて修行されました
が、悟りを感じるどころ
か悩みは増すばかりで、
悶々と絶望の中を過ごさ
れます。
-
-
エッ。何の解決も
ないのですか?
-
-
はい。
ちょうどその頃、阿弥陀
さまの教えを説く法然
さまは、当時、広く知れ
渡っていました。その教
えは革新的でしたが、最
も確かなものでした。親
鸞聖人は29歳の時、20年
の苦労を重ねた修行を捨
て法然さまの教えを受
け入れるか、比叡山に止
まってさらなる修行に励
むのか迷いました。そこ
で聖徳太子ゆかりの六角
堂に百日参龍し、聖徳太
子からの夢のお告げを得
ます。そして、また百日
間、今度は法然さまのも
とに通われ、絶望が一転
するのです。
-
-
どのように?
-
-
法然さまは親
鸞聖人に、苦しみもがく
者を見捨てることが出来
ない阿弥陀さまの心は、
悩み多いあなた(親鸞聖
人)にこそ向かっている
のだと教えられました。
-
-
よかった。
-
-
親鸞聖人は、
阿弥陀さまの心を受け入
れることで、人生の方向
が変わりました。不条理
を感じ続けた人生の見方
が変わつたのです。私の
側にはいつも阿弥陀さま
がおられた。もうすでに
救いの中にあった身だと
気付かれます。その時か
ら、親鸞聖人は辛い悲し
い不条理のなかにも、真
実を確信した生涯を歩
まれます。何があろうと
阿弥陀さまとともに歩む
人生。不条理にも正面か
ら向き合い、仏縁と受け
止め、それを受入れた先
にも真実と
歩む生き方
があるのだ
と。
-
-
不条理
も仏縁か!
辛さや悲し
みも、その
ままで終わ
らない生き
方があるん
ですね!
-
- 「お話し」 千葉 乗隆:
本願寺史料研究所所長 龍谷大学名誉教授
-
- 「聞き手」 明田 周士:安芸教区機関誌『見真』編集部
-
|