仏教入門 おしえて千葉先生 対談 第4回

本願寺史研究の第一人者に聞く 「あぁ〜不条理! これってどう考えるの?」

千葉乗隆 「イラスト提供」:竹林地 俊人さん 安芸教区機関誌「見真」2007/07号
 人生は正しいこと でも、順調にいかないこ とが多いですよね。人に 話すと愚痴っぽいと言 われて…。ほんと情けな い。世の中、道理に合わない 不条理ばかりですよ。
 そう、人生は 死ぬまで思い通りになら ない不条理の連続です。 親鸞聖人もその中を生き 抜かれたのです。

 そうなんですか?
 平安時代の貴 族がみんな、生活を保障 されていたわけではあり ません。親鸞聖人は、貴 族出身ではありました が、実家によからぬこと があって9歳で出家しな ければならなかったよう です。当時、この世を儚 んで自ら出家する方もい ました。『方丈記』を書 いた鴨長明は、京都の下 鴨神社の神官でしたが、 小さな庵に『往生要集』 を携えて出家の道を選び ました。しかし、親鸞聖 人は、自らが望んだので はなく、家の事情で仕方 なく出家されたのです。

 親鸞聖人は、あの 時代の貴族として生まれ たので、優雅な安定した 人生かと思いきや、没落 →出家。親鸞聖人はどう 思われたのですか?
 やはりご自身 は「なぜ、出家しないと いけないのか」と、しば らくはそう思われ、失望 されたでしょうね。

 辛かったでしょう ね。その後の聖人は?
 不安な気持ち を克服するため、比叡山 で20年間もの長い辛い修 行をされました。

 その修行で不条理 を乗り越える「悟り」を 獲られたのですか?
 いいえ、比叡 山で身命を削って悟りを 求めて修行されました が、悟りを感じるどころ か悩みは増すばかりで、 悶々と絶望の中を過ごさ れます。

 エッ。何の解決も ないのですか?
 はい。 ちょうどその頃、阿弥陀 さまの教えを説く法然 さまは、当時、広く知れ 渡っていました。その教 えは革新的でしたが、最 も確かなものでした。親 鸞聖人は29歳の時、20年 の苦労を重ねた修行を捨 て法然さまの教えを受 け入れるか、比叡山に止 まってさらなる修行に励 むのか迷いました。そこ で聖徳太子ゆかりの六角 堂に百日参龍し、聖徳太 子からの夢のお告げを得 ます。そして、また百日 間、今度は法然さまのも とに通われ、絶望が一転 するのです。

 どのように?
 法然さまは親 鸞聖人に、苦しみもがく 者を見捨てることが出来 ない阿弥陀さまの心は、 悩み多いあなた(親鸞聖 人)にこそ向かっている のだと教えられました。

 よかった。
 親鸞聖人は、 阿弥陀さまの心を受け入 れることで、人生の方向 が変わりました。不条理 を感じ続けた人生の見方 が変わつたのです。私の 側にはいつも阿弥陀さま がおられた。もうすでに 救いの中にあった身だと 気付かれます。その時か ら、親鸞聖人は辛い悲し い不条理のなかにも、真 実を確信した生涯を歩 まれます。何があろうと 阿弥陀さまとともに歩む 人生。不条理にも正面か ら向き合い、仏縁と受け 止め、それを受入れた先 にも真実と 歩む生き方 があるのだ と。
 不条理 も仏縁か! 辛さや悲し みも、その ままで終わ らない生き 方があるん ですね!


  • お話し」 千葉 乗隆: 本願寺史料研究所所長 龍谷大学名誉教授

  • 聞き手」 明田 周士:安芸教区機関誌『見真』編集部